※『JJ』 2000年 7月号(349ページ)より抜粋※
<ラッキーガール>
読者でヘアとかメークのページに半年くらい連チャンで出ていたら、編集の人から編集部に来ない?って突然言われたんです。オーディションでもあるのかなって行ってみたら、いきなり編集長から”JJモデルになってみる?専属になってみる?”って言われて。読者をやってるうちに、モデルをやってみたいたい憧れはあったんだけど、身長も162cmしかないし、絶対無理だなって思ってたの。だから夢みたいで訳分かんないけど、とりあえずこんなチャンスはない! みたいな感じで”やりたいです!ぜひ”って、気がついたら即答してた。そのとき編集長から”樹里ちゃんは、すごいラッキーガールなんだよ”って言われたのは、今でも忘れない言葉です(注:編集部でも樹里ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃん子は評判。樹里ちゃんがモデルになったときは、コンビニでJJを買い漁って近所の方に配った話しは有名。ほほえましいお話です)。
<読者の頃のうらめしい私>
日テレのイベコン(イベントコンパニオンの略)をやってて、その先輩に誘われて行ったメークページのモデルがJJの読者デビューなんです。今でこそメークページをやってるけど、その頃まったくメークとか知らなくって、コスメ紹介のページだったんだけど、アイブロウペンシルと口紅しか本当に持ってなくって恥ずかしかったのを覚えてる。そんな感じで読者としては半年ぐらい出てたんだけど、カメラのフラッシュとか怖いし、まぶしいのとタイミングが分かんないのとで雑誌に出た写真がぜーんぶ”半目”なの・・・。今でも見返すたびに、ハァ〜恥ずかしいっておもっちゃう。
<そんな樹里ちゃんもドラマ初挑戦>
ドラマは朝早くて大変だったけど、現場に行くのが楽しみでしょうがなかった(注:今井美樹さん主演の「ブランド」。皆さん見てました?)。今井美樹さんにはハンコをもらうシーンでの書類の出し方にしても教えていただいたり、後ろの方でちょこっと映ってるだけだと本当に分からないから、自分で大げさだと思ったくらいに動いちゃったほうがいいよって吉田栄作さんに教わったり、周りの方に支えられたなって思う。テレビ雑誌に、あのコ誰ですか?って、ちょい役3人組の私だけに問い合わせがきたんです。ちょい役でも一応存在感は出せたんだなーって、すっごい嬉しかった。
<これからの私>
大学を卒業して、モデルや女優を続けることを決めたのは編集長から最初に言われた”ラッキーガール”って言葉が自分の中では未だにあって、それを生かさないのはもったいないかなって思ったから。あと、やってて本当に楽しいし。周りの友達が就職活動で、ある程度妥協しているのを見てたから、自分が楽しんで仕事できるのってすごい幸せなんだなって実感してる。モデルとしては身長とかないわけだしまだまだだと思うから、表現力で努力するしかないと思って外国の雑誌とか見て勉強しています。吉田栄作さんに、演技にも役に立つから雑誌とかビデオをいろいろ見たほうがいいってアドバイスいただいたとき、奥サマも(注:元JJモデルの平子理彩さん)外国雑誌を見て練習してたと聞いて、みんな先輩たちもそうしてたんだなーって感動しちゃいました。ゴールはないから、常に上を上を目指さないとって思ってます。