12月15日の日記 フセイン元大統領拘束のニュースに思う
復興がなかなか進まず、テロの頻発によって先行きの暗い思いに覆われていたイラクの国民にとって、かつての独裁者サダムフセインが拘束されたというニュースは、これで不安の一つが解消して復興に明るい兆しが見えるという意味において良いニュースだったと思う。我々日本人に「これで一安心か」という思いがよぎったのも、イラクへの自衛隊派遣がトラブルに巻き込まれないですむかもしれないという期待を抱かせたからであろう。しかし、このことによってアメリカの勝利が印象づけられたことに、私は割り切れない思いを抱いている。独裁者フセインがいなくなってイラクの国民が慶んでいるので、アメリカは良いことをした、と簡単に考えるわけにはゆかない。
アメリカがイラクに攻撃を仕掛けた理由は「イラクが核兵器を隠し持っていて、国際社会にとって脅威だから」という理由だったはずだ。国際法では「内政不干渉」の原則があり、社会体制や政治体制が気に食わないからといって、その国に戦争を仕掛けるなどということは許されていない。フセインが独裁者だからという理由でイラクを攻撃するということは許されないことだったので、アメリカはいろいろと他の理由を(デッチ)挙げて、イラクを攻撃した。独裁者フセインを拘束したからアメリカの勝利を感ずるというのなら、それは錯覚でしかない。非人道的行為をしている独裁者に対して、国際社会からの非難にも関わらず非人道的行為を繰り返しているという理由で、国連決議に基づいてユーゴスラビアの独裁政権が攻撃されたことはある。フセインがクルド人に対して非人道的虐殺を行ったという理由を挙げるなら、その理由で今年攻撃をするというのは時間がずれ過ぎている。武力攻撃でもしなければさらに非人道的行為が続く恐れがあるなら、武力攻撃も許されるがクルド人虐殺はもう過ぎ去った過去のことだ。従って、今いろいろといわれているような「フセインがいなくなって良かった」という事柄はいずれも、アメリカのイラク攻撃を正当化することにはならない。アメリカが攻撃の理由に挙げていた「大量破壊兵器」が見つからなければ、アメリカの戦争は国際法を無視した侵略戦争になるのだ。この戦争に関する限り、「フセインは何も悪いことをしていないのにやられた」ということになる。太平洋戦争は真珠湾攻撃があったので始まったが、今回のイラク戦争は、イラクからは何もしていないのに始まった。ハーグの国際司法裁判所で裁かれるべきなのは、フセインというよりブッシュの方なのだ。
今回のアメリカによるイラク攻撃が正しいことならば、「内政不干渉」を含む「国際法」の方が正しくないことになってしまう。国民を苦しめている独裁政権は、武力攻撃を受けても仕方が無いというのなら、北朝鮮をはじめ「攻撃されても良い国」は他にもたくさんある。フセイン元大統領が拘束されたことに対し世界が何となく「ああ。良かった」と思ってしまう雰囲気が支配的な今、この戦争前までは世界の共通認識だったはずの「国際法」や「国連の合意」というものが踏みにじられた状態が当分このまま続くことになってしまいそうで、世界の指導者も内心は困惑しているのではないだろうか?