7月14日

日米の音楽教育の違いについて思うこと(すごくまじめな内容です)

最近アメリカの音楽教育の現状について、インターネットなどで調べていますが、いくつか気のついたことがあるので書いてみます。

まず、アメリカには日本の「文部省」や「学校教育法」の様なものはなく、教育についての管理は日本で言うならば「民間団体」に当る組織が行っている、「教育については教育界が自主管理している」という点が、日本と大きく違うところです。

次に、大学における音楽教育の状態なのですが、これまでに知ったところによるとアメリカには多くの大学に「音楽」という専攻があり、この点が日本と違うと思いました。日本にも総合大学のようなところに「芸術学部」があって「音楽」を専攻できる例がありますが、どちらかといえば日本では音楽は「音楽大学」や「芸術大学」といった専門の大学で勉強するのが当たり前と言う感じがします。アメリカではどこの大学でも音楽の勉強が出来るが日本では専門の大学でないと出来ない・・・このことは、多くのアメリカ人にとって「音楽」は身近なものであり、特別なものでないが、多くの日本人にとって「音楽」とは専門的な特殊な分野で、難しいものだと思われていることの現れなのでしょうか?。もしそうだとしたら、音楽を専門の職業としている私にとって悲しいことです。

でも、考えてみると日本人の多くは音楽好きだと思いますし、アメリカでも音楽を専門に勉強している人はやはり少数派なのではないかと思います。では、日本とアメリカでは本当は何が違うのでしょうか?。私は次のように考えました。

つまり・・・・アメリカでも音楽を専門に勉強している人はやはり少数派なのですが、アメリカでは「音楽」という専門性の高いものを勉強するチャンスが多くの人に与えられている。さらに言えば、音楽以外の様々な専門性の高い勉強についても同様に、多くの人にチャンスが与えられているのではないかと。これは文化の根本的な違いだとおもうのですが、日本では「出る杭は打たれる」という格言があるように皆が同じような考えを持ち同じように行動することがよしとされ、教育もそのような意識が根底にあるように思います。しかし、アメリカでは、世の中は競争の社会なので人はそれぞれが個性を発揮し、一人ひとりは自分が他とどのように違うかを主張しながら生きてゆけるようになるべきだ、という考え方が根底にあって、教育界も一人ひとりが自分の能力や個性に応じて専門的な勉強を出来るような支援態勢を整えているのではないでしょうか?。アメリカで多くの大学で「音楽」を専攻できることについては、私はそのように考えました。

何でもアメリカのまねをすればよいというつもりはありませんが、この件に関しては私はアメリカのやり方に賛同し、日本も画一的な教育から一人ひとりの個性を伸ばす教育に一日も速く転換して欲しいと思います。アメリカと同じように、何処の大学に行っても「音楽」を専攻できるようになって欲しいと思います。ところが今、もしも日本の各大学が、こぞって「音楽」という専攻を新設しようとしたらどうなるかといいますと、文部省にそんなに沢山同じものを作る必要はないと言われて認可が下りないことでしょう。こういう規制って必要なのでしょうか?私は他の多くの分野と同じく「教育」においても「規制緩和」が必要なのではないかと思います。規制緩和には競争が伴うものですが、自由競争になれば競争の原理が働き、能力のある人が能力を伸ばし力を発揮するようになることでしょう。その反面で能力のない人がある程度失脚してゆくのは仕方がないことです。能力のない人の生活を守るために能力のある人のチャンスが奪われては教育界の発展も望めないのではないでしょうか?

もう一度言います。教育界においても「規制緩和」がなされ、多くの大学が総合大学になり、多くの大学で「音楽」を専攻出来るようになることを、私は望んでいます。音楽以外ももちろんですけど・・・・


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